後藤洋司 製籠展

2026/06/12

2026.6.13(土)〜23(火)
作家在廊:13(土)
水木定休

ある初夏の朝。目覚めてすぐ、ベッドの中でinstagramを開くと青竹の籠が目に飛び込んできた。あ、綺麗。特別なにかが特徴的なわけではないが、画面越しでも、不思議と心惹かれてしばらく見入ってしまった。そんなことは珍しい。テキストを読むと、まさに今日から展示会とのこと。行こう!そんなこんなで飛び起きてから数時間後には、会場にいる作家と会っていた。そこで、二種類の籠を持ち帰ることにした。ひとまず洗った食器の水切り籠に、もう一つは脱衣籠にしたのだが、それは前からあったかのようにわが家に馴染んでくれた。


なにかと籠の類は好きで、かたちや素材が面白ければ、一旦は目的を忘れて使うことにしている。自ずと生活の中で使いみちが決まっていくし、軽くて丈夫な籠はいくらあっても困ることはない。改めて振り返ると、出所を問わず古いものを選ぶことが多く、それは農作物の収穫用だったり、なにかを運ぶための道具だったりするのだけれど、用途がはっきりしているものほど、どうしてこの設計になったのか腑に落ちるし、推測するのもまた楽しい。時には、間に合わせで用意されたであろう不揃いな素材を、どうにかこうにか大きなひとつの塊に編み上げた籠も、少し歪だからこそ愛おしいと感じる。後藤さんの籠に惹かれたのは、計算された美しい建築物のなかに、無記名の古いものにも通じる愛嬌を感じたからかもしれない。


後藤さんは竹細工の産地である大分で製籠を学んだそうだが、旅が好きで、さまざまな風土に触れてきた。そんな経験のなかで出合った、人々の暮らしのなかに生きている民芸品の姿が好きなようだ。春に工房を訪れた際は、棚田が幾重にも広がる山道を走り、近くの竹林を見学した。帰りは鉄輪温泉でひとっ風呂浴びて、散歩してから帰ることに。地元で長く商売されているお店では、当たり前に備品として使われている竹籠の風景を見たのだが、使い込まれて良い色になった籠を見ると、やはり良いなと思う。聞くところによると、私が美しいと感動した壮大な棚田は行政の政策で大区画化され、削って一枚にされる予定だそうだ。当たり前にあると思っていたものが、今日では失われつつあるのだが、青い竹の香り、最初に感じたみずみずしい自然の気持ち良さ…その静かな存在はあの棚田の美しさに通じているような気がしてならない。




略歴)
後藤洋司
Hiroshi GOTO

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